WWD JAPAN(以下、WWD):
WMHはファッションビジネスを支えるため、長い間業界と向き合っている。
近年のファッションビジネスをどう捉えている?
WWD:
ラグジュアリーとマス・ファストファッションに二極化し、資本力が乏しいアップカミングな人々でも活躍できる両者の中間のフィールドが失われている。
ロバート・キャンベル:
個人の価値観はファストファッションと超ハイブランドの間にある真ん中から、年齢やステイタス、ライフイベントに合わせてアップデートしたり築き上げたりしていくものであるが、真ん中がないとそれができないのではないかと思う。ヨーロッパにおける戦争や、アメリカにおける民主主義的なぐらつきは、同じ社会現象を見ても人々が同じように認識できない認識能力の分裂を示していて、それはファッションにかなり反映されているように感じる。小西さんが言う、価値のヒエラルキー、憧れのヒエラルキーの崩壊についても同意だ。デジタルの発展により人々の選択肢が無数に広がった。現代は、それまで自己表現をできなかった人々が自分のアイデンティティを総合的に作る時代だ。
社会背景から読み解く
ファッションビジネスの現在地
WWD:
ファッションをビジネスの側面から見れば、利益を出す経済性、サステナビリティやダイバーシティーといった社会性はもちろん、“自分たちが何をしたいのか”という内発性が一番重要だ。ブランドやクリエイターがこの内発性にフォーカスするうえで、WMHのように多方面からファッション業界をサポートしていく存在は大きな意味を持つ。彼らが経済性や社会性を学ぶ環境を提供し、本来一番大事な内発性にフォーカスできる体制を整えて欲しい。
小西 聡:
小西 聡:
ブランドが「定見」を持ちにくい世の中になった。かつては、もっとブランド側から社会に発信するテーゼを探っていたように思う。例えば、60年代のPOPカルチャーの時代、80年代のポストモダンの時代。WMHは個々のクリエイターが世に出したいものをビジネスの仕組みの面で支えていきたいと思っている。そうしてブランドから社会に新しい価値観や方向感を発信するお手伝いをできればと思う。
ロバート・キャンベル:
軸が打ち出しにくい時代というのは、すぐそばにチャンスがある時代だとも言える。自分が関わっているラジオ局では70年代の名曲から最新のヒット曲をまぜこぜにして放映している。それを若い世代は、ひとつの気分として捉えていて、古い、新しいという区別はない。組み合わせて、崩して合わせる行為が新しさという価値を持つ。昨年12月に私は茶道の道具についての本を出したが、茶の湯の道具というものは例えば千利休が好んだということが価値になる。オーガナイザーとしての役割を果たす利休を中心に、器物や掛け軸といった、さまざまな構成要素で構成される価値体系が生まれる。TikTokやインスタグラムなどのSNSで面白いと感じる投稿がある。ファッションだけを投稿するのではなく、それをメイクやダンスと渾然一体となったものとして表現しているものがバズる。いくつものベクトルが同時に存在するコンテンツが評価されている。エステティック(審美)やカッコいいと感じさせる気分、価値の呼応、共振など、自分の才覚や仲間、良いものに行き着くための自分だけの道がそれぞれにある。チョイスに対して何かを感じ、表現することにこだわり、そのこだわりに気付く感覚が今の若い人にはある。WMHのなかにはいくつかの法人があり、それぞれ異なる機能を持ちながらトータルでサービスを提供しているさまと、似たものを感じる。
小西 聡:
価値のカオスから再構築するところに、むしろ面白さやチャンスがあるということだろうか。日本には伝統的に西洋的な「善と悪」や「神と悪魔」という二元論的なものの捉え方はせず、混沌としたものを総体としてとらえる文化がある。雑然とした関係につながりを見出し、新しい価値を生み出す創造性を持っている。冒頭で述べた社会基盤が崩れて方向性が見えにくいという現在の状況は、ある意味で危機的とも考えられるが、混沌とした中から日本的なクリエーションを紡ぎだす好機かもしれない。
WWD:
個人が好きなように表現できることを良しとする消費者が増えるとしたら、WMHのようにさまざまな法人を持ち、さまざまな形で支えられる存在は、これからのブランドにとってかけがえのないものだ。
小西 聡:
人材、教育、店舗、マーケティング、IT、空間デザイン、海外支援などの事業ネットワークをさらに広げ、お客さま、お取引先、クリエイター、各種専門家の方々の橋渡しをしながら新しい社会的価値を創造していきたい。同時に経営面をサポートしながら、事業体の革新性の中心になるクリエイターを支える。この両面をやっていきたいと考えている。
消費者に寄り添いすぎない
ブランドを創造
小西 聡:
経営的側面で言えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)やCX(カスタマーエクスペリエンス)などの言葉先行ではなく、バリューチェーン全体の経営システムをデジタル起点で再構築する地道で継続的な経営変革が本来は求められる。また、クリエーションの観点から言えば、市場や消費者に過剰におもねらない主張のあるブランドつくりに寄与したいと思う。売らんがために市場に受け入れられることに目を向けすぎると、ブランドとして成立しなくなってしまう危険性がある。
ロバート・キャンベル:
ロバート・キャンベル:
テレビ業界でもまったく同じことが起きている。想定しているマーケットに寄り添うコンテンツばかりを作り、結果として面白くないと人が離れてしまう。バブル崩壊後、消費傾向はどんどん目減りしている。10代から30代の消費者は、クルマや飲食やファッションに張り込んでも、ペイバックがないと考えている。一方、コロナショックで海外の宝飾ブランドが非常に好調だったというトピックもある。特に女性が、外向きの消費ではなく自分自身のために価値のある宝飾を手に入れようとした。持続的かどうかはさておき、高度経済とは違う、ひとつの新しい市場が生まれていた。過去や現状を意識しながら価値の再構築をしてゆくことが求められている。
小西 聡:
需要を探すのではなく、需要を作るというマーケットクリエイション的な視点は、これから重要だと考えている。クライアントの課題解決とともに、クライアントのリソースから新しい展開を図っていくというお手伝いが出来れば、非常に光栄だ。デザイン面における創造性と同じように、経営革新における創造性も社会にエネルギーを与える大きな要素だ。
ロバート・キャンベル:
東京の立川駅前にたくさんの土地を持っている企業があり、その企業が主体で新しい街区が完成した。温泉を掘り、インフィニティープールがあるホテルを作り、市民が集えるホールを作り、商業施設がある。そのテナントはすべて西東京の中規模な企業で、地域ですごく愛されて面白いことをしているものに限っている。キャンプが盛んな地域だが、著名ブランドが入るのではなく、西東京で面白いキャンプグッズを作っている若い人が店を構え、そしてその街区は人をひきつけものすごく成功している。デベロッパー主体でありがちな商業施設をいくつも作るのではなく、その土地に根ざした人々をマトリックスのようにつなぎ合わせて訴求力のあるものを示す。たくさんのノード(個)が集まり、集合体になったときに新しいものが生まれるような存在を作っていく。ブランドというよりもラボなようなものがこれからの未来に必要なのではないか。
小西 聡:
日本には、商社という特殊なビジネス形態を生みだし、高度経済成長の牽引役を担ったという歴史がある。異質なものを融合させ、事業をオーガナイズしていくという独自の文化は日本の強みでもある。ファッション・ビューティに特化した私共のネットワークを駆使し、オーガナイザーとして新しいものを生み出していきたい。キャンベルさんとの対話により、異質なものも受け入れつつ、混とんとした中から新しい価値を創造していくという日本的なクリエーション、ネットワークの中でアメーバのようにふるまいながら新しい価値を創造していくという可能性に目を開かせていただいた。良い意味で消費者の期待の範囲を超え、そこに消費者が自らの思いを載せていけるようなストーリー性のあるブランドづくりをお手伝いしたい。心が躍る世界観を提示できるクリエイターとともに歩むことがファッションの未来につながる、そんなビジョンをあらためて持つことができた。
WMHグループ発足10年を経て
ワールド・モード・ホールディングス(以下、WMH)グループが誕生してから丸10年が経ちました。父が創業し私が二代目のバトンを受けた人材サービスの会社に研修会社を加えることにはじまり、その後マーケティング、店舗開発・運営など、さまざまな分野の事業会社や専門性の高いプロフェッショナルな方々との縁に恵まれ、WMHは現在、国内に6事業会社と海外に5拠点を持つ総合ソリューショングループとして活動するようになりました。
今、ファッション・ビューティを取り巻く環境は複雑化し、従来のような局所的な対応では本質的な課題解決は難しくなってきています。デジタル対応を推進しながらリアル店舗での体験と融合したり、IT投資をしながら人の生産性や在庫効率を高めたり、インバウンド対応やサステナビリティ対応など、一部門ではなく部門横断的に取り組むべき課題が増えています。WMHグループ各社は、それぞれサービスを提供するだけに留まらず、グループ内連携を活発にしてクライアントに複数の選択肢を用意し、実効性が高いサービスを届ける必要があります。鍵となるのは顧客視点です。グループの各メンバーがクライアントのために何ができるかを常に考え、グループ一丸となってクライアントのビジネス発展に貢献できる組織を目指して成長を続けます。
ファッションの仕事は人生に豊かさを提供する仕事です。人の心を動かす、心のこもった対応や創造性は機械にはとって代わることのできない、人間にしかできない素晴らしい仕事です。さまざまな環境変化で戦略の転換を迫られているファッション業界の変革の成否も、人の情熱や成長が鍵であると考えています。WMHグループは、人の成長を促進し、専門性の高いソリューションによって付加価値をもう一段高めて、ファッション業界を盛り上げていきます。その結果として、豊かさを生み出し、さらに多くの魅力的な人材を業界に集めるといった循環を念頭において活動を続けます。 働き手の不足について相談をいただくことが増えました。弊社の事業でその解決にまい進していくことはもちろんですが、多くの働き手を惹きつける魅力的な業界にするというビジョンの実現には、業界全体が協力し合って課題解決していく共創の精神が必要です。今後はさらに企業間連携や業界横断的な活動に精力的に取り組んでいきます
海外展開に挑み続ける
WMHグループは「ワールド・モード」の名前の通り、グローバル展開を加速させて世界のファッション業界に貢献したいと考えています。当面はAPAC(アジア太平洋)地域に注力し、現在のシンガポール、ベトナム、そしてこの度サービスを開始したマレーシアに続いてタイ、インドネシアへとASEANでの拠点を拡充します。さらに香港にも拠点を設け、中国や韓国などAPAC全域の拠点展開を進めます。日本はもちろんのこと、特に今後成長するアジア市場において信頼してもらえる存在となり、全世界に向けた展開につなげていきます。 日本市場はその売り上げ規模だけでなく、新たなトレンドを生み出すことや優れた顧客体験においてアジアをけん引しており、世界でも重要な市場になっています。インバウンドのさらなる回復も期待されており、そのための人材対応も急がれています。一方で、今後アジア各国においてはラグジュアリーを中心としたファッション・ビューティ市場が日本以上のスピードで拡大することが予測され、その際の優秀な販売員育成が必要不可欠だと考えています。 日本のインバウンドに対応して、アジアの人材が日本で働き接客経験を積む。その後、アジア各国のラグジュアリー市場の拡大に対応して、経験を積んだ彼らが母国に帰り接客販売のスペシャリストとして市場成長をけん引していく。そのような循環を創りたいと考えています。また、世界で経験を積もうとする日本の方も増えていますので、その架け橋としても機能していきます。
次の10年に向けて
当社の創業はある海外ブランドの日本上陸をサポートすることから始まりました。これからも海外ブランドの日本上陸を支えて日本市場を盛り上げ、その一方で日本ブランドの世界進出を支えられる存在になりたいと考えています。 人口の減少による購買力と労働力の損失が、日本市場においてのファッションビジネスの未来を不透明にしている要因かもしれません。しかし、人や企業が今後ますます国境を越えて活動する未来を描き、鋭意努力していくことで、ファッション・ビューティ業界の未来は明るいものになっていくと信じています。 次の10年では、日本中そして世界中の個性あふれる仲間やパートナー企業、さまざまなコミュニティーや地域とつながり、業界の持続的な発展を支える“人とサービスのプラットフォーム”を目指します。業界で活躍するファッションを愛する皆さまと共に、引き続きファッションの力で世界の人々を豊かにしていく未来へと歩み続けます。
小西 聡:
今は地政学的混乱も影響し、社会のイデオロギーが揺らぎ、ファッションの方向性も変わっていくのでは?という予感を持っている。ファッションは、社会的基盤と切り離すことができない。かつて明確だった価値のヒエラルキー(終身雇用や年功序列等)は、バブル崩壊後に崩れた。さらにデジタルの進展の過程で価値の微分化、短命化が進んだ。価値とも呼べない気分のようなものがSNS上で日々膨大にやり取りされている。このような中でブランドを成立させることが難しくなっている。2000年頃には、アメリカ的な価値観の行き詰まりが始まる一方、市場は地球規模で拡大をつづけた。大資本を背景にしたマスブランドの力が相対的に強くなっている。ファッションは芸術や文化、経済性が混然一体としたものだと思うが、経済的要素が前面に出すぎると創造性が退行する。もう一度、本来ファッションが持つ、先端性、前衛性、創造性をとり戻すことが大切ではないかと思う。